「拘束の輪だと」同時に他のエルフらが繰り返した。ニッサはそうやって彼らがアンデッドのようにひそひそ話すのは嫌いだった。
ニッサ。 語り部スティーナの声が、突然彼女の頭の中で響いた。語り部の目は彼女に向けられていた。彼女は大きな声で話し始めた。「貴方はタジュールの一部隊を連れ、この脅威を探し出し、排除するためにその力を振るいなさい」
ニッサは頷いた。変わり樹に到着してからは彼女はタジュールの葉の語り手なのだから。タジュールは常に彼女に最も難しい任務を課してきた。定住樹にいる多くの者が彼女の能力、語る知識に感銘を受けた。そして多くの者が彼女を脅威と考えもした――ジョラーガの侵略計画の第一歩ではないかと。だが理由はどうあれ、ニッサは危険な任務をこなすのは好きだった。彼女が離れたところでどうだと言うのだろう?ナメクジ油のランタンに照らされた定住樹の冷えた部屋、そしてタジュールの疑り深い視線。
ニッサは屋敷をぐるりと見渡した。タジュールの大半がそのホールに列をなしていた。彼女は後方の近場のドアに向かい歩いていった。ハイバが後に続いた。
彼女が通る先を他のタジュールが道を開けた。そうでなくては。 彼女は考えた。彼らはジョラーガと仲良くなりすぎたりはしない。 ハイバは違っていた。彼は「お行儀良い」ジョラーガの魔法や戦闘をありのままに受け止めていた。彼女が初めて定住樹に来たとき、彼女と同じ夕食のテーブルにつくことを拒否したタジュールも居た。彼女には彼らを責めることもできない。彼らがジョラーガと過ごしてきた日々は決して喜ばしいものではなかったからだ。1日じゅう、夜通し襲撃部隊を率いたり固い地面で寝ることなどについて瞑想でもしてそれが喜ばしいかどうかの考えをまとめない限り、ジョラーガに対して特別良く思うことなど何一つ無いのだ。読書と音楽への不信感を除けば、ニッサにはジョラーガの生活様式は好ましいものだった。彼女の血にはバーラ・ゲドの悪臭を放つジャングルを持ちあわせていたが、まだそこに戻るわけにはいかなかった。だから、彼女を信用しないエルフの国を守るための偵察隊を彼女が率いているのだった。
ホールから歩いて出て行く間、ニッサは語り部スティーナから聞いたことを思い返していた。かの指導者は遠く離れた二股入り江の崖にある、崩壊した古代の建築物の傾いた宮殿に住んでいる。その宮殿は崖の端へゆっくり伸びているジャーウォレルの古代樹の大枝の中に包まれている。噂によれば、一ヶ月に一度、二股入り江の深みから登ってきては津波を起こす月クラーケンと語り部は協力関係にあるということだ。
ハイバの手がニッサの肩を掴んだ。彼女は途中で足を止め、振り向いた。サラサラと音を立てる絹と染め上げられた革に身を包んだタジュールが彼女らの周りを静かに歩いていた。彼女の副官の長い耳は空に向けられ、彼の大きな顎は”聞いてください”と動いた。彼の耳はいろいろな意味で彼の一番の資産だ。それがあるだけでひときわ彼を役に立つものとしている。彼は3倍の背の高さほど離れた枝にいるフクロウの羽繕いの音を聞くことが出来る。エルフのなかでもたいしたものだった。彼女たちが共に偵察行をしている間、彼女は彼の表情をよく読めるようになっていた。彼女は彼の唇の曲がり方やまぶたが目のどこに落ちかけたかで、どんなクリーチャーが潜んでいるかを言い当てることができた。けれども、その時、屋敷の外の板張り歩道に立っている彼が見せた表情は、彼女が初めて見るものだった。
次の瞬間、警告角笛の音が下生えの向こうから響いてきた。板張り歩道にいたタジュールは歩くのを止め、森の地面を見下ろしていた。ニッサは身をかがめて、背中にヒモで回されている杖に手を伸ばした。それを掴む前に、ハイバが彼女の手首を掴み、枝の端から離れるよう引き寄せた。地面が上へ吹き上がった。ハイバはその間にベルトからフックを外して投げていた。フックは古い木の割れ目を掴んだ。その刹那ロープが引っ張られた。ニッサは歯がカチンと噛みあわされるのを感じた。彼女達は次の瞬間長い弧を描いて木から放り出されていた。
ハイバがロープを放すとニッサは回転しだすのを感じた。彼女たちが向かっている幹がぼんやりと見えた。距離を測り、無理やり反転し彼女の足で枝の苔むしたくぼみを蹴りつけた。彼女はハイバの腕をつかむと、大柄なタジュールがよろめいている狭い枝に引き寄せた。イーカ鳥がどこか遠くで鳴きわめいていた。彼女たちの頭上の梢に浮かぶ一対の面晶体が突然互いにぶつかり合った。それくらいは印象に残らない程度のありふれた光景だった。戦いの音に耳を済ませたが何も聞こえてこなかった。突撃角笛も、魔法が流れてくる風切り音も、鋼がぶつかりあう音も。一瞬、ニッサは遠くで誰かの悲鳴を聞いたような気がした。ハイバに聞いても彼も首を横に振った。
次の瞬間、ハイバは顔を上げた。また悲鳴が上がった。「なにか来ます」彼は言った。彼はベルトに留めていた短剣を抜き放ち、ニッサは杖を両手で構えた。彼女は低い笛の音を聞き取り、投げ矢か何かが来ると思った方向へ杖を振りかざした。その木々にいたものは、甲高く鳴きながら空を飛び、彼女たち目掛けて飛び出してきた。
彼女がよく見る前にそれ――腕が多い灰色のもの――は、彼女とハイバに打ち倒され、中空へと落ちていった。
ニッサ。 語り部スティーナの声が、突然彼女の頭の中で響いた。語り部の目は彼女に向けられていた。彼女は大きな声で話し始めた。「貴方はタジュールの一部隊を連れ、この脅威を探し出し、排除するためにその力を振るいなさい」
ニッサは頷いた。変わり樹に到着してからは彼女はタジュールの葉の語り手なのだから。タジュールは常に彼女に最も難しい任務を課してきた。定住樹にいる多くの者が彼女の能力、語る知識に感銘を受けた。そして多くの者が彼女を脅威と考えもした――ジョラーガの侵略計画の第一歩ではないかと。だが理由はどうあれ、ニッサは危険な任務をこなすのは好きだった。彼女が離れたところでどうだと言うのだろう?ナメクジ油のランタンに照らされた定住樹の冷えた部屋、そしてタジュールの疑り深い視線。
ニッサは屋敷をぐるりと見渡した。タジュールの大半がそのホールに列をなしていた。彼女は後方の近場のドアに向かい歩いていった。ハイバが後に続いた。
彼女が通る先を他のタジュールが道を開けた。そうでなくては。 彼女は考えた。彼らはジョラーガと仲良くなりすぎたりはしない。 ハイバは違っていた。彼は「お行儀良い」ジョラーガの魔法や戦闘をありのままに受け止めていた。彼女が初めて定住樹に来たとき、彼女と同じ夕食のテーブルにつくことを拒否したタジュールも居た。彼女には彼らを責めることもできない。彼らがジョラーガと過ごしてきた日々は決して喜ばしいものではなかったからだ。1日じゅう、夜通し襲撃部隊を率いたり固い地面で寝ることなどについて瞑想でもしてそれが喜ばしいかどうかの考えをまとめない限り、ジョラーガに対して特別良く思うことなど何一つ無いのだ。読書と音楽への不信感を除けば、ニッサにはジョラーガの生活様式は好ましいものだった。彼女の血にはバーラ・ゲドの悪臭を放つジャングルを持ちあわせていたが、まだそこに戻るわけにはいかなかった。だから、彼女を信用しないエルフの国を守るための偵察隊を彼女が率いているのだった。
ホールから歩いて出て行く間、ニッサは語り部スティーナから聞いたことを思い返していた。かの指導者は遠く離れた二股入り江の崖にある、崩壊した古代の建築物の傾いた宮殿に住んでいる。その宮殿は崖の端へゆっくり伸びているジャーウォレルの古代樹の大枝の中に包まれている。噂によれば、一ヶ月に一度、二股入り江の深みから登ってきては津波を起こす月クラーケンと語り部は協力関係にあるということだ。
ハイバの手がニッサの肩を掴んだ。彼女は途中で足を止め、振り向いた。サラサラと音を立てる絹と染め上げられた革に身を包んだタジュールが彼女らの周りを静かに歩いていた。彼女の副官の長い耳は空に向けられ、彼の大きな顎は”聞いてください”と動いた。彼の耳はいろいろな意味で彼の一番の資産だ。それがあるだけでひときわ彼を役に立つものとしている。彼は3倍の背の高さほど離れた枝にいるフクロウの羽繕いの音を聞くことが出来る。エルフのなかでもたいしたものだった。彼女たちが共に偵察行をしている間、彼女は彼の表情をよく読めるようになっていた。彼女は彼の唇の曲がり方やまぶたが目のどこに落ちかけたかで、どんなクリーチャーが潜んでいるかを言い当てることができた。けれども、その時、屋敷の外の板張り歩道に立っている彼が見せた表情は、彼女が初めて見るものだった。
次の瞬間、警告角笛の音が下生えの向こうから響いてきた。板張り歩道にいたタジュールは歩くのを止め、森の地面を見下ろしていた。ニッサは身をかがめて、背中にヒモで回されている杖に手を伸ばした。それを掴む前に、ハイバが彼女の手首を掴み、枝の端から離れるよう引き寄せた。地面が上へ吹き上がった。ハイバはその間にベルトからフックを外して投げていた。フックは古い木の割れ目を掴んだ。その刹那ロープが引っ張られた。ニッサは歯がカチンと噛みあわされるのを感じた。彼女達は次の瞬間長い弧を描いて木から放り出されていた。
ハイバがロープを放すとニッサは回転しだすのを感じた。彼女たちが向かっている幹がぼんやりと見えた。距離を測り、無理やり反転し彼女の足で枝の苔むしたくぼみを蹴りつけた。彼女はハイバの腕をつかむと、大柄なタジュールがよろめいている狭い枝に引き寄せた。イーカ鳥がどこか遠くで鳴きわめいていた。彼女たちの頭上の梢に浮かぶ一対の面晶体が突然互いにぶつかり合った。それくらいは印象に残らない程度のありふれた光景だった。戦いの音に耳を済ませたが何も聞こえてこなかった。突撃角笛も、魔法が流れてくる風切り音も、鋼がぶつかりあう音も。一瞬、ニッサは遠くで誰かの悲鳴を聞いたような気がした。ハイバに聞いても彼も首を横に振った。
次の瞬間、ハイバは顔を上げた。また悲鳴が上がった。「なにか来ます」彼は言った。彼はベルトに留めていた短剣を抜き放ち、ニッサは杖を両手で構えた。彼女は低い笛の音を聞き取り、投げ矢か何かが来ると思った方向へ杖を振りかざした。その木々にいたものは、甲高く鳴きながら空を飛び、彼女たち目掛けて飛び出してきた。
彼女がよく見る前にそれ――腕が多い灰色のもの――は、彼女とハイバに打ち倒され、中空へと落ちていった。
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