「こっちです」ハイバが言った。彼は屋敷へ向かって走っていた。彼は屋敷の戸口の外にいる小さな群衆の近くで立ち止まった。その一団はかがみこみ、何かを運んでいた。彼女じゃない、ニッサは走りながら言い聞かせていた。しかし、そうではなかった。彼女が着いたときには、彼らは語り部スティーナの死体を運びだしていた。彼女は変わらぬ笑みを浮かべたままだった。しかしかの指導者の胴着はぼろぼろで、血にまみれていた。屋敷の周りのタジュールの群集は、行列が過ぎてゆくのを見守っていた。過ぎ去ってしまった後、彼らは彼女を顧み、とても友好的とは言えない表情で彼女を見た。ニッサは屋敷の壁にもたれかかっている残り2名のジョラーガをちらりと見た。彼ら、あたしの部族民たちは、あたしのことをどう思うべきなんだろうか?
 ……そんなこと、考えてもしょうがない。か。 彼女は、語り部が殺された場所へ振り向いた。2匹のクリーチャーが近くの階段の上にくしゃくしゃになって横たわっていた。彼女はその1匹を裏返した。
 「何をしてるんです?」ハイバが言った。
 ニッサはそれを無視して膝をついた。そのクリーチャーの触手はもう動いていなかった。慎重に触手から先端まで動かしたりしながら検分した。彼女は不思議なものに気づいた。クリーチャーの右腕の下に、口先のようなチューブが4フィートほど口をあけていた。そのチューブは肉のようで、非常に細く、輪をつくっているためぶらさがることはなかった。
 「こいつら、口が無いわ」彼女は言い、上の方をちらりと見た。タジュールの一団が屋敷の戸口から静かに見守っていた。
 「口が無いから、何です?」ハイバが言った。彼はその一団をちらりと見た。
 「どうやって物を食べるのかしら?」やわらかい触手をつつきながら彼女は言った。ハイバの肩をすくめる音が聞こえたが、見上げることはしなかった。「食べるためでないなら、こいつらはなぜここに?」
 「タジュールが嫌いなんじゃないですかね?」ハイバは言った。その意見は彼女のためでもあったが、それは無視した。
 ハイバは戸口の周りに立っている一団へと歩いていった。ニッサは彼らがぼそぼそと話しているのは聞こえたが、単語までは聞きとれなかった。そのかわり、彼女はクリーチャーをさらに念入りに調べた。
 それはゼンディカーで彼女の見たことのあるどれとも似つかないものだった。触手を持つがエラも無く、指の間に水かきも無い。まぶたのない眼とうねる肌は地下の生物を思わせるが、どうやったら口を持たない何かが地中で生きていけるのだろう?武器も衣服も持たなかった。そしてこのクリーチャーはなにか洗ったような、ツンとする臭いがする。彼女は蛇を思い出した。彼女は嫌そうに唇を突き出した。

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